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なんちゃら指数は伊達じゃない

オレンジの秋桜(森嗣)

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オレンジの秋桜(森嗣)



誰かに見られている気がすると、最近よく感じる。
それは気のせいではなくて、確かに肩のあたりに、視線が突き刺さるような感覚がする。
そして振り返ってみれば、そこには真顔のももち先輩がいる。
私は見られていることに気付いてしまっても、特に何も言わない。
ただ耳は、勝手に赤くなっている。


前におぜからこそっと聞いた話では、ももち先輩はトークのネタにするために、みんなをいろいろ観察しているということだった。
それならそれで、仕事だから仕方ないかと思う。
でも、何か一声かけてほしくもある。
「見てるよ」とか。
少しおかしいかもしれない。 
じゃあ、「見ていてもいい?」とか。
いやだよ、と言ったところで、ももち先輩が私の言うことを聞いてくれるわけはないと思うけれど。
それならやっぱり、何も言う必要はないのかもしれない。





「ちさきちゃんは、ももちが持ってないものを持ってる。それが何かわかる?」

ある日、楽屋でお説教の空気になっていた。
一緒にしゃべっていた結ちゃんは、ちゃっかりと逃げ出していた。
取り残されたのは私と、勉強をしていた梨沙ちゃんだ。

「えーっ、と。ダンス、ですか?」
「違う。まあそれもあるけど」
「髪の長さ?」
「長さはあんまり変わらなくない? って、そうじゃなくて。もっと本質的なものね。ホンシツテキ。わかる?」
「えー……」

視線を泳がす。
眼鏡姿の梨沙ちゃんが、柔らかく微笑みかけて、助け舟を出してくれた。

「ちぃが元々持ってる魅力、ってことだよ。そうですよね? ももち先輩」

先輩は、渋々といった様子で頷いた。

「そういうこと。あのねえ、ちさきちゃん。忠告しておくけど、梨沙ちゃん使っていいのは3回までだよ。あと1回だからね」
「元々持ってる、魅力……」
「その魅力をね、今の無意識に近い状態から、言葉にできるくらい自覚して、まあ自覚しないまでも思い込んで、そこをどんどん伸ばしていってほしいと、ももちは思うわけよ」
「髪の毛みたいに?」
「オッケー梨沙ちゃん、茶々入れないで勉強に集中してようか」
「ラジャー」

梨沙ちゃんは外国人の通販番組よろしく、大袈裟なリアクションをする。
イヤホンを付けて梨沙ちゃんが真剣に勉強モードへ入ると、ももち先輩も仕切りなおすようにコホンと咳払いをした。

「そういうことだから、よろしく頼むね」

よろしく頼むね、と言われても、何がよろしくなのだろう。
ももち先輩の注文は、いつも難しい。









翌日は早朝から、みんなでロケバスに乗って移動した。
到着した駐車場から少し歩くと、目的地の県立公園が見えてきた。
公園の入り口は、まるで本物の森のように、大きく口を開けている。
その入り口の前には、扇型に広がった大きな花壇があった。
一面に、コスモスが咲いている。
花壇は階段状になっていて、コスモスが段ごとにそれぞれの色で植えられていた。
遠目から見ると、きれいな模様に見える仕掛けだ。

「わ、きれい」

私は、真ん中にあった橙色のコスモスたちの前に駆け寄った。
まだ、朝露が葉に垂れている。
靄がかった空気の中で、その瑞々しいオレンジが、ひときわ目立っている。

「オレンジ色のコスモスは、自然には存在しないんだってさ。それ、全部人工の色」

私の隣にやってきたももち先輩は、そんな風につぶやいた。
深い眠りに落ちていたところを、やなみんに無理やり起こされて、ももち先輩は絶賛不機嫌モードだ。
当のやなみんは、眉をハの字にしながらも、楽しそうに言った。

「ももち先輩、夢がないですよ。そもそも花壇だって、人が花を植えて、一から作ったものですから」

やなみんにそう諭されると、ももち先輩はさらに複雑そうな顔をした。
先輩は気まずいのを誤魔化すかのように、トレンチコートの襟を立てて、首に当たる風を避けようとしていた。
秋風は、早くも冬の気配を感じさせていた。







この県立公園で毎年行われている収穫祭では、例年、アイドルやアーティスト、タレントを呼んでステージを披露しているそうだ。
カントリーガールズは、収穫祭という趣旨にマッチしていて呼ばれた、ということらしい。ももち先輩が言っていた。
収穫祭では、文字通り収穫したての野菜や果物が売られ、地元の名産品や郷土料理などの出店ブースもあるという。
私たちも、空き時間には好きに回ってよいことになっていた。
その約束をマネージャーさんと取り付けたのも、ももち先輩だ。

ステージで簡単なリハーサルを終えると、私たちは連れ立って広場に繰り出した。
広場の真ん中、つまり公園の中央には大きな噴水がある。
その噴水を囲む円形の通路に、たくさんの屋台が並んでいた。
屋台では、チョコバナナやクレープ、じゃがバタに焼きいも、地元の牧場で作られたヨーグルトやソフトクリームなども売られている。

衣装を着ていて肌寒かったのもあり、私たちは温かい豚汁を買うことにした。
発泡スチロールの容器を受け取ると、熱くてこぼしそうになる。
慌てて両手でしっかりと支えた。
丸太を半分に切ったような形の木製のベンチに座って、みんなで並んで食べ始める。
衣装が派手なせいか、一般の人の中で、かなり目立ってしまっている。
ちょっと恥ずかしくなってくる。
しかし豚汁を一口飲むと、その温かさと美味しさであまり周りのことは気にならなくなった。

「あー……幸せ」

思わずそう小声で漏らすと、ももち先輩が大きく頷いてくれた。
ももち先輩でもこういうときに幸せを感じるんですね、と言ったら、なぜか耳たぶをつままれた。

「あったかいねえ、この耳たぶ」

ももち先輩が言う。
あったかいかどうかなんて、自分ではよくわからない。

「よくわかんないです」
「あったかいよ。なんかねえ、心があったかくなるよ。うん、血が通ってる感じがする」

からかわれた気がしたけど、そう言うももち先輩の顔は、確かに真っ白で血の気がなかった。
冷たい風にさらされて、いつも以上に真っ白けだ。

「わからなくていいのかもね、ちさきちゃんは」

私の耳から指を離すと、ももち先輩は豚汁を一口すすった。
そして、箸でこんにゃくを口に放り込んでから、そんな風に言った。

「わからなくても見つけたくなるから、うん、それでいいのかも」
「そう、ですか…?」

私はそれでいいのだろうか。
というよりも、私はまだ、以前言っていたももち先輩の言葉の意味を、うまく飲み込めていなかった。







午後からは、私たちのトークとライブイベントを行った。
イベントが始まってしまうと、この冷たい風はむしろありがたかった。
歌って踊るとステージ上は暑いくらいで、風が心地良い。
あまりに暑すぎる場所だと、頭がぼーっとしてしまって、トークの内容も入ってこないくらいなのだ。
前にそんな話をすると、結ちゃんは「わかりますよ」と言ってくれた。
とはいえ結ちゃんは、たとえ汗びっしょりでも、息つく暇もなく話に突っ込んでいくのがすごいなと思う。

「……ちぃちゃん……ちぃちゃん、話聞いてた!?」

ふと、ももち先輩の声が耳に届いた。
ハッとしてももち先輩を見ると、客席からどっと笑い声が上がった。
隣の梨沙ちゃんに、笑いながら小突かれる。
……こういう日もある。









着替えも終わり、控え室に戻った。
テーブルの上にはいつの間にか、大きなホールケーキが用意されていた。

『2周年おめでとう。みんなに会えて、すっごく嬉しい。いつもありがとうね。これからもよろしく!』

ケーキの側に添えられたカードには、そんなメッセージ。
それと、ももち先輩が描いたメンバーの絵が載っていた。
ケーキは大きさの割りに手作り感が出ていた。
そのスポンジの膨らみの薄さから、ももち先輩が作ってくれたのだと一目見てわかった。

「少し早いんだけど、当日はライブで祝ってもらえるだろうからね。今日は私たちだけのお祝い、ってことで」

ももち先輩が、得意げにそう言った。
すると、隣にいたおぜちゃんが泣き出した。
えっ、と思っていると、それから結ちゃんがわんわんと泣いていた。
私は、泣いている二人の顔をしげしげ眺めていた。

「こーら」

後ろから髪の毛をわしゃわしゃされた。
振り向けば、ももち先輩が、楽しそうにニヤニヤしてる。
これは私の耳が赤くなっているだろうなあと、ぼんやり思った。

「ほらちぃたん、ここは感動で泣くところでしょ?」
「でも、こういうのってスタッフさんがやるものだと思ってたので……びっくりしちゃって」
「ももちじゃ不満だと。言うようになったねえ」

「だって、ももち先輩も一緒に祝われる側じゃないですか。だからなんか、変だな、って」

そう言うと、ももち先輩がいやらしいくらい、にこにこした。
トークでアドリブを振ってくる時の顔みたいだ。
私は目をばっちり開いて、背筋を伸ばして待った。

すると、次の瞬間に、ももち先輩は、わあっと泣きはじめた。
先輩が泣くのを見たのは、たぶん初めてだった。
これは良いチャンスだと思って、私はももち先輩の頭を撫でてあげた。
気付くと、本当にみんなが泣いてしまっていた。
私は一人、泣くタイミングを見失ってしまったようだった。




大きな丸いケーキには、2本の太いロウソクが立てられている。
ホワイトの板チョコには「カントリーガールズ 2周年!!」と、可愛い文字で書かれていた。



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