「おしりさわってもいいですか?」
手を後ろで組んで、にこにこにこにこしながら近寄ってきて、梨沙子は唐突に言った。
緩くふわふわした二つ結びに、ちょっと上目遣い。
ほっぺたはチークで赤くて、くりくりのおめめ。
りーちゃんがこんなに可愛く話しかけてくれることなんて、年に一度もない。わかっている。
私の方が背が小さいから、上目遣いしてもらえることなんて、三年に一度もない。わかっている。
小さな頃はよくしていた二つ結びも、大人になってから見るのはかなり珍しい。わかっている。
わかっている。
でも。
「ダメです」
やっとの思いで声を搾り出した。
わかってはいるけど、ここで譲ってしまっては駄目なのだ。
ここで年下パワーに屈してはいけない。
小悪魔梨沙子に負けてはいけない。
今までの勝負は全戦全敗、今回も敗色濃厚。
しかし、諦めてはいけないのだ。
「けち」
梨沙子はわざとらしく唇をとがらせた。
その可愛いしぐさで、胸のあたりに飛び蹴りが入ったような気分になる。
そのまま見つめてきて、私の罪悪感を満面の笑顔でぐりぐりぐりぐり踏みつけてくる。
何が天使だ、この小悪魔め。
そもそも、こういう質問をしてくるのがおかしい。
さわりたいなら勝手にさわればいいのだ。
それをこうやって質問のふりをして聞くのがずるい。
もし頷いたなら、まるで私が進んでオッケーしたみたいになる。
もはや梨沙子はおねだりなんかする必要なく、ただ質問するだけで相手をひねりつぶせる。
最年少力がメーターを振り切っているのだ。
「ダメなものはダメ!」
「ダメなの?」
りーちゃんは私に一歩近寄る。
顔が近づく。
もう一歩近寄る。
鼻と鼻をくっつけられた。
「ほんとにだめ?」
りーちゃんの両腕が、私の腰に回っていた。
私の鼻とくっついたりーちゃんの鼻は、ひくひくしている。
少しでも動けば、今度は唇が触れてしまいそうだ。
なんなんだ。
私は自分から降参なんてしたくないのに。
梨沙子はいつもそうだ。私を負かそうとする。
負けず嫌いなのはお互い様らしい。
だけどこちらはいつも年上の性で勝ちを譲ってしまうから、悔しい思いばかりさせられている。
私は自分から顔を離れさせて、りーちゃんの肩に顔をうずめた。
それが試合終了の合図だった。
私の年上としてのプライドとか羞恥心とか、そういったものがぼろぼろ崩れていくのを心の中で感じながら、無抵抗のままさわられていた。
りーちゃんの鼻息がやけに荒くて面白かった。
私はぽつりと「変態」と呟いた。
それが精一杯の負け惜しみだった。