うなじを伝って、汗が一粒、背中に流れていった。
それを追いかけるように二粒目。服の間をすり抜けてく。
この瞬間にも、肌がチリチリと焼けているのを実感する。
朝塗った日焼け止めは、とっくにもう流れ落ちているだろう。
「あ、忘れた……」
またやってしまった。
家で塗ってきた日焼け止めは、そのまま家のテーブルに置きっぱなしだ。
それくらい誰か貸してくれるだろうからいいのだけど、一旦中に戻って借りて塗ってもう一度外に出るのはしちめんどくさい。
まあいいか。
額に手を当てて空を仰ぐ。
諦めてこんがり焼いてしまえ。
アイドルなのに、まずいかな。
会社の目の前の公園で、私は一人、天然のサウナを味わっていた。
待機という、とてつもなく暇な仕事に従事して約二時間が経つ。
することがないので外に出てきた。
とはいえ、外に出てもやることがないのは同じだった。
デビューしてから忙しくなったのは確かなのだけど、こういう隙間の時間がぽつぽつできる。
そのせいか、なんだか以前より暇になったような、時間を無駄にしている気がしてならない。
首を真後ろに倒して、雲をぼけっと眺めてみる。
手を抜いた小学生の絵のように大きな塊の入道雲は、空で固まったまま動かなくて、すぐ飽きた。
公園の中をぐるりと見渡す。
夏休みなんだから子供の1人くらい遊んでいてもいいのに、見事に誰もいない。
と思ったら、公園の入り口あたりに人影が見えた。
暑さのせいで蜃気楼みたいにゆらゆらしている。
その人は、こちらに向かって緩慢な様子で歩いてくる。
背格好は小さめだが、そのふてぶてしい歩き方に子供らしさはいまいち窺えない。
そして、どことなく見覚えがある気がする。
誰だろう。
蜃気楼は、ビニール袋を持った左手をひょいと持ち上げ、私に手を振った。
「りさちゃんじゃん」
「あ、ももち先輩」
完全にオフモードの先輩は、白の半袖ブラウスの涼しげな姿だった。
短く切られた髪型は、あの頃の結び方よりさらに幼く、私よりも年下かのように見える。
口元に寄せた右手には、ソフトクリームを持っていた。
「なにしてんのー?」
バニラ味らしいそれを、ぺろぺろなめながら近づいてくると、先輩はさして興味もなさげに聞いてきた。
「自然の力を体感してます」
「焼けちゃうよ?若いお肌が」
「ももち先輩もですよ」
「はいお上手」
ご褒美にいいものをあげよう、と言って、ももち先輩は袋の中をガサゴソし始めた。
そこから、ソーダ味の棒アイスを取り出す。
わざわざ小包装から出して、アイスを私に手渡してくれた。
「いいんですか?誰かに買ってきたんじゃ」
「いーのいーの。溶けちゃったら、もったいないでしょ?」
ほら食べな、と笑顔を向けてくる。
アイスを食べるはずであったその誰かに、なんとなく申し訳なくなる。
でも背に腹は代えられない。
暑い。
迷うことなくそれを受け取った。
公園をぐるりと取り囲む木に、何匹もの蝉の声が張り付いて、競い合うように鳴いている。鳴くのを止めたらいけないように鳴いている。
溶ける速さをおそれて、私たちは無言のまま、アイスを食べ続ける。
暑い。
先輩も暑かったろうけど、中に入ろうとは言わなかった。
それどころか、暑さに対して文句の一つも言わない先輩に、少し拍子抜けした。
家に忘れた日焼け止めの段から、こうやって意固地に外に居続ける理由を説明しなければと思っていたからだ。
誰かのものだったはずのアイスを、しゃくしゃくかじる。
同じようにこの場所で、ももち先輩の隣に座り、アイスを食べていたはずの誰かのことを考える。
待ち合わせをしていたけど、その誰かは遅刻してしまったんだろうか。
先輩はコンビニへ行って、2人分のアイスを買って、その後になって、遅れる連絡があったのかもしれない。
だとしたら先輩は、遅刻している待ち合わせの人を、汗を垂らしながら、まだ律儀に待っているのかもしれなかった。
雲がじわじわにじり寄ってきて、公園に日陰をつくってくれる。
おかげで私たちは、暑さからひと時解放された。
ほっと一息ついて、ももち先輩は口を開いた。
「来週も暑そうだね」
「そうですね。倒れないようにしないと」
セカンドシングルの発売はもう目前に迫っていた。
初のライブツアーと二度目のハロコン、その合間を縫って各地でイベントが続く。
メンバーも夏休みに入るため、かなりタイトなスケジュールが組まれていた。
「今年の夏はあっという間だよ」
こうやってだらだら暑がるのも良い思い出だよねえ、と先輩は皮肉っぽく言った。
「ももち先輩って暇な時間、どうしてます?」
「今みたいな?」
私は頷く。
先輩は顎に手を当てる。軽く考え込むような表情をする。
でも先輩のこれは単なるポーズだ。
私が言葉を発したときにはもう、頭の中でリアクションは決まっているのだろう。
「暇な時間は公園に来るかなー。今みたいに」
予想通りな答えが返ってきた。
「今日、実は、先輩の真似して公園に来てみたんです。漫画とか持ってくるのを忘れちゃって。楽屋にいても、退屈で」
「おっ。どうよ、公園楽しいでしょう」
「先輩が来てくれたので楽しくなりました」
「そーう?さすがりさちゃん、満点の回答だね」
先輩はにこにこしていた。
この感じ、小学校の先生を思い出す。
「みんなも呼びませんか?会社で暇してると思います」
「いーねいーね。鬼ごっこでもしようよ」
「いいですね!」
さっそくLINEを開いた。
連絡すると、舞ちゃんがすぐに食いついた。
よっぽど暇してたんだなあ。
「よーし久々に本気出すよ」
先輩は立ち上がって、肩から腕をグルングルン回している。
なんだか楽しそうだ。
「本気でやってね、りさちゃん」
「え?」
「じゃないと楽しくないからね」
ふざけて言っているわけではなさそうだった。
ももち先輩の目は、仕事の時のそれに変わっていた。
「ももち先輩みたいな人が先輩でよかったです」
「でっしょー?」
「私、なんでも真面目にやる人が好きなんです」
「真面目、ね」
ニヤッとした先輩は、どこか無邪気な小学生のようにも見えた。
自由気ままに、大人と子供を行ったり来たりする人だ。
そのうちに、みんながぞろぞろと公園にやってきた。
ちぃが、気だるげに手で顔を扇いでいる。
「鬼は私で、はじめよっか」
言うが早いか、あっという間に十から零を数え終わると、先輩は私の背中をパーンと叩いた。
じゃあ任せたよー、と笑って、愛香ちゃんの方へと一目散に逃げていく。
騒がしい蝉の鳴き声が途切れたところで、私は先輩の背中目がけて駆け出した。