私と熊井ちゃんはベンチに並んで座っていた。
熊井ちゃんが向こうの炎を人差し指でピンと指さした。
「あれのまわりで踊るダンス、なんて言うんだっけ」
私は二秒考える。
「……ファイヤーダンス?」
「ちが、ちがうよ。なんかそんな、本気ボンバーみたいじゃん、それ」
「なんだっけ。なんとかダンスだよね」
「うん」
「オクラホマダンス?」
「あっそれだよ。それだよ、ちぃ。さすが」
ハイタッチの音は、ひゅんと冷たい空気に吸い込まれた。
ばちばちと激しい音と煙を上げて、炎は宵闇の空高く燃えていく。
「これでよかったのかなあ」
「もったいなかったかな」
キャンプファイヤー係になった私たちは「ド派手なやつにしよう!」と意気込んでいた。
そのためにわざわざ部室のガラクタ、ではなくて、いるかいらないかわからないようないろんなものを、二人分のキャリーケースに突っ込んできた。
それを全部バーッと投げ込んで火種にして、二人でつくったキャンプファイヤーだ。
ド派手にはなったけど、火の勢いは想像以上に凄く、小さな火事みたいになってしまって、二人して遠巻きにびくびくしていた。
「まあなんとかなるよ、熊井ちゃん」
「そうだよね」
隣の小屋より、炎の背は高い。
大きいというよりは、もはや火柱のようだった。
「熊井ちゃんさあ、このサークル」
「うん」
「こんな長くいると思った?」
「思わないよお」
「だよねえ」
炎のことは忘れたくて、現実から目を背けようと昔の話をする。
消火栓って山にあるのかな。
「だって小学生から」
「そうだよ」
「普通ないよね」
「ない。よく続いたよ」
このサークルも、元々は小学校のクラブ活動だった。
うちは小中高大エスカレーター式の学園で、特に部活では縦の繋がりがゆるやかにある。
大学生が中学生のコーチをしていたり、中高合同で演奏したり。
小学校から大学までずっと同じ部活、なんて人も割といる。
放課後に集まって遊ぶだけの我がクラブも、そういう流れに乗ったのか、何故かだらだらと中学、高校まで続いた。
熊井ちゃんが別の大学に行くことになった時はハラハラしたけど、インカレサークルと化しただけで一件落着した。
まあそういう感じで、メンバーも小学生の頃からだいたい一緒のまま、今に至る。
「四年生になっちゃったよ、ちなみ」
「ねえ。あんなに小さかったのに」
「今も熊井ちゃんよりは小さいよ」
「そうじゃなくて!」
「熊井ちゃん、キャンプファイヤーって難しーんだね」
「いつもさあ、みんな普通にやってるからね。もっと、簡単かと思った」
「思うよね!普通にすごい。尊敬した。みんなを。エブリワンを」
節目にはキャンプをしにくるのが通例だった。
中学生のときに来たのが最初で、誰かが卒業する度に来ようかとか言っていたけど、そうなると毎年来なきゃならなくなる。
それで、話し合っていつ来るかを決めた。
全員が小学校を卒業するとき、中学校を卒業するとき、高校を卒業するとき。
ちょうど、梨沙子の卒業祝いのような旅行だった。
そうすると、キャプとももも、ちょうど卒業にあたる年なんだけど、そもそもエスカレーター式の弊害でうちの生徒は卒業の感覚が薄い。
卒業記念旅行の体なのに、最年長二人は冷めていて、梨沙子が一人感極まっている、という対比が毎回印象的だ。
ちなみに、みやはこれを合宿と言い張っていて、旅行と言うと怒る。
そういう甘いもんじゃない、と言っていた。
でもみや、いつもお土産買って帰るのに。
「準備が急だったじゃない?今回」
「まさか梨沙子がね」
「確かにさ、美大行きたいとは言ってたけどさ、もーちょっと、もーちょっとだけ、早く言ってくれれば」
「ファイヤーうまくいったよね」
「そうだよね」
梨沙子が美大の編入試験を受けるというので、今回の旅行、もとい合宿は変則的に行われた。
もし編入が決まれば、卒業ではないにしろ梨沙子はこの大学を去るわけで、それならやらないわけにはいかない。
幸い、みんな大学生、キャプも院生で、暇を持て余していたから、日程を合わせるのは簡単だ。
うちの小学校の先生をやってるももの夏休みに合わせて、この旅行に来た。
「……消火器頼んどく?」
「まあさんに?」
「まあちゃんと、あとももがいたはず」
話しながらスマホをぽちぽち操作する。
『おねがい!消化器もってきて!』
電池の少なさに焦る。
こんなところで燃えちゃうのはさすがにごめんだ。
「星がきれいだね」
「ちょっと煙いけどね」
「……これまずいかな?」
「なんか暑くなってきた!」
熊井ちゃんがTシャツの襟首のところを左手の親指と人差し指でつまむ。
それをぱたぱたと動かし、わずかな風を送りこんでいた。
熊井ちゃんと一緒なら燃えてもいいかもしれないと、なんとなく思った。
「熊井ちゃん」
「……ちぃ?」
「私、熊井ちゃんに謝らなきゃならないことがある」
ベンチに置かれた熊井ちゃんの右の手のひらに、自分の手のひらを重ねた。
「あのダンスの名前ね。……マイムマイムだったかも」
「ああー。うちもそんな気がしてた」
「もうっ、言ってよ、恥ずかしいじゃん!」
やっぱり熊井ちゃんとの空気が好きだ。
キャンプファイヤー係が、他の子と一緒だったら、火もこんなに大きくならなかったと思う。
「おどろっか。みんながくるまで」
私は立ち上がって熊井ちゃんに手を差し出した。
熊井ちゃんはぱっと笑顔になって、私の手を取った。
炎がごうごう燃えている周りで、私たちは二人きりのオクラホマダンスを踊った。